笑いの文化



2008年2月20日更新

東京キー局のバラエティ番組が面白くありません。

出てくるお笑い芸人たち(彼らが果たして芸人と呼べるのかどうか・・・・)は本当にくだらない連中ばかりで、まず笑えません。
彼らには見せるべき芸が無く、芸が無いから、すぐ裸になって、粉まみれになって、水に落ちて、うすら寒いリアクションを見せるだけです。
それが本当に切羽詰っていて、慌てふためいているなら、少しは笑えるかも知れません。
しかし、くだらないヤラセが見え見えで、笑う気が失せるどころか、かえって腹立たしくなります。

一時期、僕が笑いに対して不感症になっているのかもと、真剣に悩んだ時期がありました。

しかし、TV版「Mr.ビーン」、「トムとジェリー」等は心底面白いですし、コメディ映画でも大笑いしています。

何の事は無い、あまりに幼稚でくだらないお笑いに拒否反応しているのです。

よみうりテレビで、20年ほど前放送していた深夜番組「現代用語の基礎体力」の再編集版が最近再放送されました。
当時も面白かった印象があったのですが、改めて見てみるといまでも新鮮で笑えます。
演じているのは、お笑い芸人ではなくて、立原啓介、生瀬勝久(元:槍魔栗三助)、升毅、古田新太、牧野恵美、羽野晶紀といった当時関西では名の知れた舞台俳優たちでした。
この番組はブラックでつかみどころの無いコメディが展開されます。
時々訳のわからないモノもあり、正直笑えないものも無くは無いのですが、俳優がまじめに演技をしている事が、可笑しみを増している様に思います。
NHK「サラリーマン・ネオ」(生瀬勝久も出演)や、古くはBBCの伝説のコメディ番組「モンティーパイソン」や、NTVの「ゲバゲバ90分」などにも言える事ですが、しっかり作った脚本をじっくり演じている方がかえって面白いものが出来る様です。

東京キー局の番組よりも、むしろ関西や、地方局のバラエティ番組の方が面白いものがあります。
いずれも実験的な番組が多く、いきおい深夜番組が多くなりますが、北海道のローカル番組から一躍全国にその名を知らしめた「水曜どうでしょう」などはその代表でしょう。
関西でも、80年代から90年代にかけては面白い深夜番組が多かったのですが、いまは頭打ちです。
それでも「探偵ナイトスクープ」あたりは全国区と言えるでしょう。

第3次お笑いブームと言われていますが、本当に面白い芸人は何人いるのやら・・・
新しい芸人にはこれからいくらかでも研鑽してもらうとして、まずなによりもいまビッグネームと言われている旧くて面白くない芸人を排除すべきでしょう。

僕は、笑いとは最も難しい芸だと思っています。
喜怒哀楽の内で、怒りは最も簡単で誰にでも理解できます。
哀しみは一見難しく見えますが、歳を重ねる事に悲しみの材料は増えるものなので、歳をとった人を泣かせる事は決して難しい事ではありません。
これは、一般受けする悲劇が何度繰り返して上演されても、評価を受ける事からも理解できると思います。
それに、国や文化の違いはあっても、人の死、病苦、苦難は共通性が高い事から、ほぼ万人受けするものなのです。

これに対して、喜劇、コメディでは、使い古したギャグは受けないから、常に新しいものを生み出さねばならないという難しさがあります。
また国や文化、世代が違うと理解が出来なくなり、同じシチュエーションの中にいる人にしか受けないという側面があります。

笑いの文化とは、即、その国の文化といってもいいくらいだと僕は思っています。
例えば、政治風刺を伴う各国のジョークですが、比較してみるとその国の成り立ちや国民性が色濃く反映されている事に気づきます。
そう考えると、いまでも万人に受けるチャップリンなどはとてつもない存在だと思います。

昔、ブレーク・エドワース監督の映画「ピンクパンサー5」を見に行った時の事です。
悪漢に命を狙われ、時限爆弾が仕掛けられた車で主人公が逃げ込んだ先は、オーケストラが練習をしているホールでした。
その曲ときたらチャイコフスキーの「大序曲1812年」。

もうこのシチュエーションだけで、僕には大受けでした。

この曲はナポレオンがロシアに攻め入って、冬将軍に阻まれ敗戦するその史実を基に作曲された曲ですが、後半ロシア軍の反撃のシーンで本物の大砲の音が入ります。
そして、演奏はまさにその大砲の音が入る直前です。

主人公がホールに逃げ込んで、車に仕掛けられた時限爆弾が爆発して・・・

このシーン、映画館で笑ったのは僕ひとりでした。

多分、単なるギャグ映画として観に来た観客には理解出来なかったのでしょう。

別に高尚なネタで無いから面白くないと言うのではありません。
せっかくの笑いのネタも、受け手が理解出来なければ面白くないという事なのです。

映画「Mr.ビーン」でもハリウッドのセンスの無さが光っていました。
飛行機酔いに苦しむ少年に何とか元気を出させ様と、ビーンはあの手この手のギャグ連発をするも空振りばかり・・・。
最後に破裂させた紙風船は、少年の汚物入れだった・・・。

TV版では、破裂のシーンは飛行機のカットで、音だけで想像させてくれます。

しかし、そこは浅はかなハリウッド。しっかり汚いシーンを作ってしまいました。
TV版の方が数倍おしゃれで楽しめました。
何でも見せれば良いというものでは無いという好例です。

西洋において、コメディアンは一種の尊敬を持って迎えられる存在です。
それは先に書いた様に、常に新しい事を発想して人を笑わせていた事によります。

残念ながら、日本にはそうした伝統が希薄で、芸人を蔑む歴史がありました。
また、芸人がその地位の向上を目指す意識も希薄で、旧くは歌舞伎俳優も「河原者」と言われた様な時代がありました。
しかし、その人気と共にいまでは立派な俳優としての地位を手にしています。

今の日本のお笑い芸人の多くは、浅薄で、人にバカにされて笑われている人です。

やっている事はただの楽屋落ちです。
それは、演じる側も、受け手もレベルが低くても満足しているからです。
その低レベルな世界に入れない者を蔑視するなど論外です。

無理やりバカな事を演じているバカがいて、大して面白くもないから盛り上げる為にサクラの笑い声を入れてむりやり盛り上げる。

観ている方は観ている方で自分はあそこまでバカではないと自己満足してるだけです。

あんなもの芸でもなんでもない。
わざわざテレビで学芸会以下のつまらない楽屋落ちは見たく無いのは僕だけなのでしょうか。


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